狭い道を車で走っていて、対向車とすれ違うのが難しい場面になった時、
あなたは、とっさにどんなことを考えるでしょうか?
「あの車、もっと端に寄ってくれればいいのに」
「私がもっと早くこの道を通っていれば、相手も困らなかったかもしれない」
「この道がもっと広ければ、お互い安心して通れるのに」
一瞬のうちに、いろんな考えが浮かぶかもしれません。
私たちは日常の中で、起きた出来事を無意識に“解釈”しています。
そしてどう解釈するかによって、心の持ちようや気分は変わってきます。
心理学では、私たちが日常で起きる出来事をどのように受け止め解釈するかという
“心の見方”を「被害者意識」「加害者意識」という言葉で表現することがあります。
「被害者意識」「加害者意識」
被害者意識
「自分ではなく相手の影響で、困ったり不快になった」と感じる見方です。
「対向車のせいで私は前に進めない」
「自分は運が悪い」
そんなふうに感じる状態です。
自分以外のせいで不幸になっていると感じ、怒りや不満が残りやすくなります。
自分にはどうすることもできない周りへのストレスから、人間関係で摩擦が生まれやすくなります。
加害者意識
「自分のせいで誰かを困らせた」と感じる見方です。
車の例でいえば、
「私がもっと早く通っていればよかったのに」
と考える状態です。
この視点では、自分が悪い存在だと感じやすく、罪悪感がつきまといます。
被害者意識とは逆向きに、自分を責める形で心が苦しくなります。
被害者意識・加害者意識は、見ている方向は真逆ですが、
両方に共通するのは、誰か悪い者がいる、という見方をしていることです。
「無害者」という視点
そこで、もう一つの見方としてご紹介したいのが、「無害者」という考え方です。
起きた出来事には、加害者も被害者もいない。ただ状況がそこにあっただけ、という見方です。
車の例であれば、こう考えられます。
「たまたまタイミングが重なっただけ」
「お互いに少し通りづらかった、それだけ」
誰も責めないことで心は楽になります。
簡単に思えない時にも、そういう見方を一瞬でもやってみる、とチャレンジしてみましょう。
物事を俯瞰してみることにも通じていきます。
もう一つ、日常の出来事を例にして、見方を考えてみます。
会社で、取引先から同僚あての電話がかかってきた。
不在だったので「折り返し電話します」と伝えた。
その後、同僚に伝言をしたものの、同僚はすぐ連絡をしなかったようで、再び取引先から電話がかかってきた。そんな場面です。
被害者意識
同僚がすぐに連絡しなかったせいで、私の印象も悪くなってしまったかもしれない
私はきちんと伝言したのに、落ち度があったみたいに感じて嫌な気分
加害者意識
取引先の人は誠実に連絡してくださっているのに、私の伝え方が悪かったのかもしれない
取引先の人に不快な思いをさせてしまったかもしれない
無害者の視点
私にできることはせいいっぱいやった
同僚にはすぐに連絡できない事情があったのかもしれない
相手がどう感じたかは、必要以上に背負わなくてもいい
結果そうなっただけだ
無害者の視点にいる時
心の中には怒りがない
といえます。
被害者意識は、自分以外の人への怒り
加害者意識は、自分に対しての怒り
があります。
誰のせいでもないという見方が加わることで、捉え方の選択肢が増えていきます。
無害者の捉え方は、渦中にいるときには思いつかないこともあります。
でも振り返って、「他の見方はあるだろうか」と意識するだけでも、心が軽くなることがあります。
物事の捉え方はたくさんあって、その選択は私たちが自分で選ぶことができるのです。
また、何気ない出来事でそう考えてしまいがちになるということは、
それは、目の前の出来事にではなく、心の内側にある思いが反応しているのかもしれません。
つい被害者意識で受け止めてしまう場合は、過去の心の傷が影響しているかもしれません。
加害者意識が強い場合は、誰かを傷つけてしまった過去が関係していることもあります。
物事の見方を意識してみていくことは、自分の心を理解し、癒していくきっかけになります。
そして「誰のせいでもない」と、自分も相手も責めない視点を選ぶことは、
人生の主導権を、少しずつ自分の手に取り戻すことにつながっていきます。
