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「なんで私が?」から気づけること②_もう十分頑張ってきたのかも

目の前の出来事に思わず
「なんで私が?」
というつぶやきが出てきたときに、見えてくるものをテーマにして書いています。

1回目は、「なんで私が?」から気づけること①_その続きを聞いてみよう

「なんで私が?」という心の声を、なかったことにしないで、その続きを聞いてみましょうというお話をしました。

「なんで私が?」といったつぶやきは、
理性で考える前に出てくるものなので、本音に近いと思うのです。
その一瞬の衝動をつかまえることができたら、心が何に反応しているのか、何を大事にしているのかが見えてきます。
「その言葉の続きを聞いてみて」と書いたのは、その衝動をつかまえるためでした。

2回目の今回は、その言葉が出てきた背景を考えていきます。

  • 子どもの学校のPTAの役員決めで、ある役職に選ばれた。
  • 職場で新しい仕事をするチームに選ばれたけど、後始末のような作業が多くて大変だ。
  • 気がつくと、部屋の中で散らかっているものを元に戻したり整頓するのは、いつも私。

これらは、
目の前で起こった出来事だけで「なんで私が?」と思うことよりも、
これまで積み重なってきたことがあるからこそ、思うことが多いのではないでしょうか。

もしかして、
PTAの役員は、上の子のときも引き受けたのに、とか。
今までいたチームでも、似たようなポジションで働いていてうんざりしていた、とか。
家族は片づけてくれないし、小さな子どもは片づけは無理で、私はお母さんだから、
なんてこと、ありませんか。

瞬時につぶやくときには、目の前のことだけに原因があるように思ってしまいます。
でも、これまでの経緯も重なっていて、感じている…とは考えられないでしょうか?

前回、「なんで私が?」の後に続く言葉を聞いてみましょうと提案しました。

「私ばかり。」
「ああまたか…」
「この前もそうだった。」
そんな言葉が続いた人は、あてはまるかもしれません。

そして、ここでさらに注目してもらいたいのは、
もしかしたら、これまでも心は本当の意味で納得しないまま、行動していたかもしれないということ。

「私がやらないと誰もやる人がいないから」
「私さえ我慢すればいいことだから」
そう考えながら続けてきたことだとすれば、
頭と心は一致していないことを実行していたことになります。

それって実は、とっても心に負荷がかかっていることなんです。
その状況を続けていたのであれば、どれだけしんどいことを続けていたことになるでしょう。
心が疲弊していくのは当然のことです。

頭って、心のことは分かりません。
「私がやらないと誰もやる人がいないから」
「私さえ我慢すればいいことだから」
そういう指示を出して、心をねじ伏せて、実行していきます。
心は、その指示を、誰にも言えないまま受け取り続けています。

言葉を持たない心は、静かに従いつづけ、
納得していないことを重ねて、心の疲労は大きくなっていくわけです。

「なんで私が?」という一言は、
今日の出来事だけへの反応ではなく、積み重ねてきた疲れがあふれた言葉なのかもしれません。
ざわっとしたり、カッとなったりする感覚があったら、分かりやすいかもしれません。

これまで十分頑張っていて、我慢しつづけていますよ、というサインなのではないでしょうか?

そうなると、じゃあどうしたらいいの?という話になりますよね。

大切なのは、自分の心がどういう状態だったのかを受け止めてあげるということです。
すごく頑張ってきたんだな。もう我慢も限界に近いのかもしれないな。
そう認めてあげること。

現状や状況は、変えようと思わないほうが良いと思います。
なぜなら、今は、自分の心の状態に目を向けた方がいい段階だからです。
状況を変えることよりも、まずは自分の心を受け止めることを優先してみてください。

そして、できるのであれば、ご自身の選択をもっと優しいもの・心と一致したものにする意識を持つこと。
頭が、片づけなくちゃと考えたとしても、心がその考えに付いていけそうにないなら、無理をせずに、片づけないという選択もOKにしてあげましょう。

たくさん頑張ってきた自分を、まず労ってあげてください。そこから始めましょう。

「なんで私が?」と思ったとき、重心は目の前の出来事に向きがちです。
でも、今は少しだけ視点を変えてみましょう。
今日の出来事ではなく、これまで頑張り続けてきた自分に重心を置いてみるのです。
すると、「なんで私が?」は、今日の出来事への不満ではなく、心からの「もう十分頑張ってきたよ」というメッセージに見えてくるかもしれません。

次回は、その出来事に向き合う意欲に関することを書いていこうと思います。

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