目の前の出来事に思わず出ることのあるつぶやき、
「なんで私が?」
理性で考える前に出てくるものなので、その一瞬の衝動をつかまえることができたら、心が何に反応しているのかが見えてきます。
1回目「なんで私が?」から気づけること①_その続きを聞いてみよう
では、その衝動を捕まえるために「その言葉の続きを聞いてみて」とお伝えしました。
2回目「なんで私が?」から気づけること②_もう十分頑張ってきたのかも
これまで十分頑張ってきていて、その積み重ねから出ている言葉かもしれないという話をしました。
3回目の今回は、その出来事へ向き合う気持ちに注目してみたいと思います。
- 子どもの学校のPTAの役員決めで、ある役職に選ばれた。
- 職場で新しい仕事をするチームに選ばれたけど、後始末のような作業が多くて大変だ。
- 気がつくと、部屋の中で散らかっているものを元に戻したり整頓するのは、いつも私。
「なんで私が?」という言葉が出てくる背景。
PTAの役員は、会議のために集まったり、書類作りに時間がかかるだろう。
私は今の状態でもフルタイムの仕事だし、家事もあるし、時間がないのに…
「他にやれる人がいるんじゃないの?」
「損してない?」と感じているのかもしれません。
新しいチームでの仕事での役割では、
どんな仕事かよくわからなくて、仕事を押し付けられている感じがあるのかもしれません。
「私じゃなくてもいいんじゃない?」と思っているかもしれません。
部屋の整頓も、私だけがやるものじゃないけど、今回は私がやってあげよう…というスタンスで続けているのかもしれません。そう思っているならば、なおさら「また私?」となります。
共通することを探してみると、一つ見えてくることがあります。
その役割や出来事を、まだ自分ごととして引き受ける気持ちになっていない
といえるのではないでしょうか。
つまり、
「これは私がやることなんだ。」
と、心では受け入れられていない段階なのだということです。
ここで大切なのは、引き受ける気持ちになっていないことが悪いわけではない、ということです。
思考って動きが早くて、すぐ良い悪いまで決めてしまったり、次の思考に進んでしまうのですが、いったん立ち止まってほしいのです。
頭では、「やるべき」と思っているのに、
心は、「まだそこまで向き合いたくない」
という状態だということなんです。
「役員としてこの学校のために何かしたい、というところまでは気持ちが向いていない。」
「この仕事が自分の仕事なんだと自覚して取り組もう、とまでは気持ちが向いていない。」
「『私がやるもの』とは、まだ思えていない。」
「まだ引き受ける気持ちになっていない。」という今の心の現在地を見てほしいのです。
「私は今ここなんだな。」と。
引き受けていないことが問題なのではなくて、
引き受けていないのに、引き受けている人として自分を動かそうとするから苦しいのです。
気持ちが向いていないのに、完璧にすることは難しいですよね。
やらされている感があって嫌な気持ちになったり、消極的な態度になるのは当然です。
不満や文句も出やすくなります。
頭では、やるべし、と向かっているのに、心がそれに追いついていない。
心がついてきていないと、どこかで無理が出ます。
後回しにしてしまったり、気持ちが乗らないまま取り組んだり、 コミュニケーションもスムーズに進まないことがあるかもしれません。
「今の私は、この出来事をどこまで引き受ける気持ちになっているんだろう。」
そんな問いを、自分に向けてみてください。
「まだない」のなら、それが今の心の現在地です。
そのことに気づくだけでも、心は少し安心します。
受けとめることを続けていくと、自分でも思っていなかった次の一歩が、見えてくることがあります。
「なんで私が?」
この一言から見えてくるものは、一つではありません。
心の声①だったり、
積み重ねた疲れ②だったり、
心の現在地③(この記事)だったり。
どれも、自分の心を理解するための、大切な手がかりになります。
次回④では、「じゃあ、どうやって引き受けていくのか?」「私がやろう」について書いていこうと思います。
